大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所下関支部 昭和61年(ワ)234号 判決 1987年5月18日

原告

小野三郎

原告

株式会社三海

右代表者代表取締役

四方純夫

右両名訴訟代理人弁護士

堂野達也

堂野尚志

士方邦男

田中冨久

被告

江川よし子こと

余鉱伊

被告

江川恒成こと

李恒成

被告

江川徹こと

李徹

被告

江川恒こと

李恒

右四名訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

主文

一  原告両名の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告両名の請求の趣旨

(一)  山口地方裁判所下関支部昭和六〇年(ケ)第三七号不動産競売事件につき、同裁判所が昭和六一年九月三〇日作成した配当表を変更し、原告小野三郎(以下「原告小野」という。)に一三七五万二六〇五円、原告株式会社三海(以下「原告三海」という。)に三六三万七三七一円を各配当する。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告両名の請求原因

1  山口地方裁判所下関支部(以下「執行裁判所」という。)は、江川英治(その死亡により被告ら四名が相続)の申立により当時原告両名の所有であつた別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、昭和六〇年(ケ)第三七号事件として競売手続を開始し、その後本件不動産競売の結果、昭和六一年九月三〇日その売却代金につき別紙配当表を作成した。

2  しかしながら、別紙配当表には以下のとおりの過誤があるので、請求の趣旨第一項記載のとおり変更されるべきである。

(一) 本件不動産はもと債務者株式会社三幸(以下「三幸」という。)の所有であつたところ、江川英治(その死亡により被告ら四名が相続)は、三幸との間で本件不動産に昭和五三年三月一一日付消費貸借を原因として、被担保債権額八五〇〇万円、無利息の約定で抵当権を設定する旨の契約を締結し、その旨の登記を経由した。

原告小野は、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の不動産(以下「本件第一ないし第三不動産」という。)の所有権を、原告三海は別紙物件目録(四)記載の不動産(以下「本件第四不動産」という。)の所有権をそれぞれ右抵当権設定登記後取得したいわゆる抵当不動産の第三取得者である。

(二) ところで、以下の理由からすれば、民法三七四条は抵当不動産の第三取得者に対する関係でも適用されるというべきであるから、被告ら四名が本件不動産の売却代金から配当を受けられるのは、元本八五〇〇万円及び最後の二年分の法定損害金八五〇万円にすぎず、残余の一七三八万九九七六円{(110.889.976−(85.000.000+8.500.000)=17.389.976}のうち、原告小野の所有であつた本件第一ないし第三不動産に対応する一三七五万二六〇五円は原告小野に、原告三海の所有であつた本件第四不動産に対応する三六三万七三七一円は原告三海にそれぞれ配当されるべきである。

(1) 第三取得者の立場からすれば、延滞利息または遅延損害金がいくら発生するかは予測しえないので多大の損害を被るおそれがあることは後順位抵当権者と同様であり、又、第三取得者は登記簿上の被担保債権額、利息等の合計債務額を想定し、これが取得に伴う諸税公課等も比較したうえ、目的物の残余価値を期待してこれを取得するのが普通であり、かく解することは債権者を害することもなく、関係者の利害を調節するうえで極めて妥当であつて、取引の安全及び円滑を図る意味からも第三取得者に対する関係で民法三七四条の適用があるものと解するべきである。

(2) 抵当不動産の第三取得者には、民法三七四条の適用がないとする判例(大審院大正四年九月一五日民録二一輯一四六九頁等)や学説もあるが、これは本件には適切でない。

すなわち、これまでの判例、学説において議論されてきたのは、本件の事例と異なり、主に第三取得者が当該不動産上に設定された抵当権債務を弁済によつて消滅せしめようとした場合の事例に関するものである。又、法解釈は社会状勢の変遷、経済状況の変化、特に不動産の流通市場における利用方法の推移に添つたものでなければならないところ、右判例はいずれも大審院時代のもので、前記の現在における不動産取引の実情と合致しないし、物上保証人がその責任の軽減を目的として担保物件を第三者に譲渡することにより生ずる取引の混乱等の弊害は、譲渡による諸公課が莫大な今日考慮する必要がない。さらに、民法三七四条は抵当不動産の第三取得者に対する関係でも適用されるとする学説、下級審判例(宇都宮地裁大正三年八月一五日判決判例体系民法4物権編下一三三九頁)が存するのみならず、最高裁判所も昭和四二年一二月八日判決民集二一巻一〇号二五六一頁において、第三取得者は単に抵当権設定者の地位を承継したにすぎないのではなく、弁済についていわば独立した地位を有するとする前提で判断を示しているのである。なお、根抵当権に関しては、第三取得者の立場を考慮して民法三九八条ノ二二が設けられている。

(三) また、元本債権に加えて、利息、損害金債権をも被担保債権とする抵当権を第三者に対抗するためには、抵当権設定登記の中で利息、損害金についても登記されていなければならないところ(民法一七七条)、本件においては最後の二年分に関しても別紙配当表により被告らに配当された年五分の法定損害金の登記がなされていないのであるから、被告らは登記された元本債権八五〇〇万円についてのみ優先権を有するにすぎないというべきである。

3  そこで、原告両名は右事件の配当期日である昭和六一年九月三〇日別紙配当表について異議を申し立てた。

4  よつて、原告両名は別紙配当表を請求の趣旨第一項記載のとおり変更すべきことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因第1項の事実は認める。

同第2項(一)の事実は認める。

同項(二)、(三)の主張は争う。

同第3項の事実は認める。

同第4項の主張は争う。

2  執行裁判所が別紙配当表を作成したのは、以下の理由からすれば、現実的にも理論的にも極めて妥当な見解に基づくものであり、原告両名の主張は一部特異な見解に基づくものであつて失当である。

(一) 抵当権者と抵当不動産の第三取得者の地位の関係については第三取得者を抵当権設定者の地位の承継者あるいはそれに準ずるものとみなすのが通説、判例(大審院大正四年九月一五日判決民録二一輯一四六九頁、大審院昭和一二年六月一四日判決民集一六巻八二六頁、最高裁昭和四二年一二月八日判決民集二一巻一〇号二五六一頁、東京地裁昭和五五年二月一八日判例時報九六五号八二頁等)であり、法的安定性を考慮すれば、すでに確定された判例に基づく実務の処理を変更する理由は全く存在しないのである。

(二) 本件においては、第三取得者である原告小野及び原告三海は以下のとおり、いずれも抵当権設定者である三幸と実質的に同視し得る立場にあるから、事実上も何ら不都合はないというべきである。

(1) 原告小野は、三幸と被告らの被相続人である故江川英治間の裁判に証人として出廷して損害金発生継続の事実を知悉しており、又、本件不動産のある三愛ビルの六ないし一〇階を一億五〇〇〇万円で処分し、元本利息金すべてを回収できたにもかかわらず、三幸の実質的経営者である朱尚英の立場を考慮して、利息を回収せず、その利息金の代物弁済として三愛ビルの二ないし四階(本件第一ないし第三不動産)の区分所有権を取得したのであるし、三幸の代表取締役でさえもあつた。

(2) 原告三海は、朱尚英がまず株式会社三愛を設立し、その倒産後第二会社として三幸を設立し、さらに江川英治との裁判に敗訴したため、その追及を避けるため設立した株式会社であつて、いわゆる法人格濫用の結果設立されたものであり、その実質的経営者はすべて朱尚英唯一人であり、三幸とその実態は全く同一である。

第三  当事者の提出、援用した証拠<省略>

理由

一執行裁判所が江川英治(その死亡により被告ら四名が相続)の申立により当時原告両名の所有であつた本件不動産につき、昭和六〇年(ケ)第三七号事件として競売手続を開始し、右不動産を競売の結果、昭和六一年九月三〇日その売却代金につき別紙配当表を作成した事実は当事者間に争いがない。

二そこで、別紙配当表に原告両名が主張するような過誤があるかどうかについて判断する。

(一) 原告両名は、民法三七四条は抵当不動産の第三取得者に対する関係でも適用されるべきであると主張する。

しかしながら、一般に民法三七四条の法意は、同条規定の額を超える利息、損害金といえども抵当権の被担保債権ではあるが、後順位抵当権者、一般債権者との関係において、抵当権者の優先弁済権を同条規定の範囲に制約し、後順位抵当権者等の第三者を保護することにあると解されるところ、抵当不動産の第三取得者は、被担保債権全額の負担を伴うものとして不動産を取得するのであるから、同法によつて保護すべきいわれはないというべきである。さらに、関係者間の利害調整等の実質的観点に立つて検討するに、なるほど、抵当不動産の第三取得者としては、延滞されている利息総額や発生すべき遅延損害金額を予想することができないままこれを取得するという点で、後順位抵当権者と共通した立場にあるといえないではない。しかし、所有者である当初の抵当権設定者が抵当権者に対し最後の二年分を超える損害金についても担保義務があるのに、かかる抵当権の負担付きでその所有権を譲り受けた第三取得者が当初の抵当権設定者とは異なりこの義務を負担しないとすることは、抵当権者の立場を不当に害する結果になるというべきであつて、この点からも原告両名の主張は採用できない。

これを本件についてみると、原告両名がいずれも本件不動産すなわち抵当不動産の第三取得者であること(請求原因第2項(一)の事実)は当事者間に争いがないから、原告両名は民法三七四条によつて保護されるべき地位に該当しないといわなければならない。

(二)  また、原告両名は、本件においては損害金の登記がなされていないのであるから、損害金について第三者たる原告両名に対抗できないと主張する。しかし、金銭債務不履行の場合には法律上当然法定利率による遅延損害金が発生するものとされている(民法四一九条)のであるから、その旨の登記がなされていなくとも、第三者に対し、優先弁済権を主張しうると解すべきであるところ、本件においては、被告らが別紙配当表記載のとおり、民事法定利率年五分の遅延損害金の配当を受けているにすぎないことは原告両名も自認するところであるから右主張も採用できない。

(三)  そうすると、別紙配当表には原告両名主張の過誤は存しないものというべきである。

三以上のとおり、原告両名の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官梶本俊明 裁判官前原捷一郎 裁判官神山隆一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例